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Vol.06 桶川宿鴻巣宿

(7.2km)


英泉「桶川宿 曠原之景」 宿場

2010年 5月 1日(土)

 日本橋から約10里の宿場で、1泊目となる桶川宿。東海道の1泊目の宿場戸塚宿に比べると小っちゃいけど、往時は紅花の生産地として賑わっていたようです。古い家並みや蔵などが残っていて、やっと宿場らしい風景と出会えます。
浮世絵ポイント 画像00

画像01 8:50 桶川宿下の木戸跡
 中山道歩きの4日目。8:30北上尾駅入口交差点を出発。右側の歩道を歩くと、紅花の仲買問屋須田家の黒い塀が続く。県道の左側では歩道の工事がほぼ完成しているのに、右側の路側帯を進むと電柱の住所表記が「上」。地名がシンプルでイイね。
 明和6年(1769)製の屋根付き庚申塔を横目に桶川市に入ると、古い民家がチラリホラリと期待が高まる。市指定史跡下の木戸跡からいよいよ桶川宿。この木戸跡は追分で、西に向かう道は川越道
 格子戸のあるなかなかイイ雰囲気の建物は、旧旅籠屋で今もビジネス旅館として現役バリバリの武村旅館。宿場当時の旅籠の姿を今にとどめる貴重な建物ということで、国登録有形文化財。桶川宿では天保年間(1830〜43)に36軒の旅籠があり、その1/36が今でも営業しているなんて、それにしてもスゴいことだ。日帰りじゃなければ泊まってみたいね〜。
画像02 8:55 旧旅籠の武村旅館
 朱塗りの仁王門が目立つ浄念寺。天文15年(1546)に開創された古寺で、境内の聖徳太子・不動明王などを見学。
画像03 9:00 清水山報恩院浄念寺
 寺を出ると向かいにべにっこ。デッカく「桶川名物べに花まんじゅう」とある。桶川宿といえば紅花なので、買うっきゃないでしょ。(^-^; 平成17年(2005)町おこしのため桶川市商工会女性部によって設立され、べにばな饅頭や手造り味噌などの製造・販売を行っている。営業時間が5:30〜9:30と短いけど、「製造元」として近所の店に卸しているので、スーパーなどでも買えるそう。
画像04 9:10 島村家住宅土蔵
 桶川駅前交差点を過ぎると国登録有形文化財の島村家住宅土蔵。島村家は穀物問屋木嶋屋の総本家で、土蔵は天保7年(1836)の建築と伝わる3階建て。天保の大飢饉にあえぐ人々に仕事を与えるために建築され、その報酬によって多くの人が餓えから救われたので、「お助け蔵」と呼ばれた。黒漆喰の壁がトタンで覆われているのが残念だけど、なかなかの重厚な造り。毎月第1土曜日に見学できるそうだけど、まさに今日。(◎o◎) しかし、見学時間は13時からだって! う〜む、無理…残念。
画像05 9:15 島村老茶舗
画像06 蔵造りの商家(矢部家)
画像07 小林家住宅主屋
 先を進むと嘉永7年(1854)創業の島村老茶舗。2階の格子戸がイイね〜。そして蔵造りの商家(矢部家)。明治38年(1905)に建てられた土蔵造りの店蔵。 ↑の島村家住宅土蔵は2階3階が蔵だったけど、1階が店舗で2階(以上)が蔵なんて、初めて見たかも。(´-`).。oO(まだ川越には行ったことないから…) その向かいに小林家住宅主屋。江戸の終わりから明治の初めにかけて建てられたもので、国登録有形文化財。間口が広いので大旅籠だったんだね。宿場といえど、こんなにまとまって古い建物が残っているなんてウレシい。
画像08 9:25 府川本陣跡
 歩道から奥まったところに門が。府川本陣跡で、桶川宿本陣遺構として県指定文化財となっている。遺構が残っているのなら、見にイコウか?行くまいか?悩んじゃう。…。しかし、子孫の方がお住まいなので、見学はできません。そして、門の横に明治天皇行在所(あんざいしょ)明治天皇が明治11年(1878)北陸東海巡幸の途中、府川本陣に宿泊した。文久元年(1861)には降嫁のために下向した和宮も宿泊している。本陣の向かいが問屋場跡で、その並びが脇本陣跡だそうだけど、標柱や案内板はない。
 お休み処中山道宿場館にお立ち寄り。桶川宿の説明を拝聴したり、パンフ類をいただきました。宿場マップに鍾馗様のある民家が載っているけど、気がつかないで通り過ぎてしまった…ガクッ。
画像09 中山道宿場館
画像10 べにばな饅頭
 中山道宿場館を後にすると中山道桶川宿碑のある公園。ベンチがあることだし、せっかくなので、べにっこで買ったべにばな饅頭を食べながら10分休憩♪ 紅花は着色料として使っているので紅花の味がするわけではないけれど、フツーの饅頭として美味しい。しかし、ベンチに木陰がないので暑いっ! あんまり休んだ気がしないけど先へ進む。
 名前のない交差点を右折して、稲荷神社に寄り道。路地に入るとケヤキの幹にお稲荷さまが鎮座している!(◎o◎) 境内に入ると拝殿の前に市指定文化財紅花商人寄進の石燈籠一対。安政4年(1857)桶川宿を拠点とした紅花商人24名が南蔵院の不動堂に寄進したもので、明治2年(1869)南蔵院が廃寺となったため、当社の境内に移された。さっきの土蔵といい、この石燈籠といい、紅花栽培で儲かっていても感謝の気持ちを忘れていないのがイイね。
画像11 09:50 稲荷神社の欅稲荷
画像12 紅花商人寄進の石燈籠(右)
 拝殿の立派な注連縄を眺めていたら、う〜む、神紋がウ○チみたい…。黙々と境内を掃除している方(氏子の方だそうです)に尋ねると、ウ○チに見えるデザインは擬宝珠だって。あ〜、ビックリした〜。(^-^;
画像13 ビックリ〜(◎o◎)
画像14 重いよ〜(+_+)
 市指定文化財稲荷神社の大盤石(力石)ってのもあります。何と!重さが610kgもあり、持ち上げたら腰を痛めちゃった〜♪というレベルではない。力石は東海道でもいくつか見かけたけど、当社の力石が一番デカいかも。嘉永5年(1852)岩槻出身の三ノ宮卯之助が持ち上げている。持ち上げたといっても手で持ち上げたのではなく、「足指し」といって、仰向けに寝て両足で持ち上げたそうだけど、それにしてもスゴいことだ。
 名前のない交差点に戻ると東和両替屋に市神社(いちがみしゃ)の跡。標柱によると、桶川宿では五十(ごとう)の市といって、毎月五と十のつく日に市が開かれていた。月に6回開かれる市といえば、浦和宿と同じ六斎市だね。その市を守る市神社が、この名前のない交差点と旧菖蒲道(現稲荷通り)の追分に建てられていた。へぇ〜。後日『中山道分間延絵図』を見ると、確かに市神社が道のど真ん中に鎮座している。しかし、明治9年(1876)交通の妨げになるため、八雲神社と社号を変えて稲荷神社に移されたそうだけど、それにしてもスゴいことだ。
画像15 10:10 市神社跡 往時は道のど真ん中にあった
 鐘楼が立派な大雲寺。境内に夜な夜な寺を抜け出して女郎を買いに行ったという伝説?…ってゆーか、昔話?がある女郎買い地蔵。本堂左手にお地蔵さまが3体並んでいるけど、どちらが絶倫の?女郎買い地蔵なのか分からない。住職がかすがいを打ち込んで縛ったというので、背中をチェックしたら一番右側だった。せっかくなので、夜の営みが弱くなったとお嘆きの貴兄のために、お地蔵さまの股間を撫でてきました。お悩みの方はおらと握手しましょう。(^-^; しかし、お地蔵さまが女郎を買う話といい、住職のパフォーマンスといい、それにしてもスゴいことだ。
画像16 10:15 お地蔵さまの背中に鎹(かすがい)が!
 歩道橋の柱に桶川一里塚跡。両側の塚には杉が植えられ、その根元には妙見菩薩が祀られていたけど、さっきの市神社と同じく、明治9年(1876)に取り壊されたそうだ。う〜む、MOTTAINAI! 現代まで残っていれば、きっと名所旧跡になっていたはずなのに、残念だね〜。
画像17 10:20 桶川一里塚跡
画像18 10:25 上の木戸跡
 左手の駐車場にトイレ。何故か?トイレの隣にお地蔵さまが! 駐車場の掃除をしている方に尋ねると、麺処今福屋のトイレで、お客ではないけど、せっかくなのでお借りしました。ありがとうございます。(^-^; しかし、飲食店のトイレが駐車場にあるなんて、それにしてもスゴいことだ。
 そして、はす向かいに市指定史跡上の木戸跡。これで桶川宿が終わっちゃった。
画像19 10:30 ノッポな松山稲荷道道標
 桶川市役所入口交差点にまた中山道桶川宿碑。この交差点を左折すると、桶川小学校に松山以奈り道の道しるべ。正面に「松山いなり道 魚 本小田原町」と刻まれ、市指定文化財。「魚」は図案化されてシンボルマークのようになっている。天保7年(1836)日本橋本小田原町の魚市場の人々によって建てられ、元は↑上の木戸付近にあったもの。大事にされているけど、柵に囲まれ下部がよく見えないのが残念。しかし、日本橋から中山道を北上して、箭弓(やきゅう)稲荷神社@東松山市までお参りするなんて、それにしてもスゴ…あー!ヒツコイ!
 桶川市役所入口交差点に戻ると、飛行船が4月17日に公開された劇場版「名探偵コナン」の宣伝をしている。さて、この交差点がてっしーの浮世絵ポイント@桶川宿だけど、さっきの中山道宿場館で「地元の方にとっての浮世絵ポイント@桶川宿はどこ?」と尋ねたら、この先のパチンコ屋付近というのでGO!
画像20 10:35 桶川市役所入口交差点
 しかし、パチンコ屋が見つからない(涙)。マメトラ・ショッピングパークってな郊外店があるけど、ひょっとしてパチンコ屋の跡地なのかな? う〜む、仕方がないので、ここをおらの浮世絵ポイント@桶川宿にする(TOPの画像)。街路樹のハナミズキが紅白交互に咲いているのが心の支え。(^-^; 君と好きなひ〜とが〜百年続きますように〜♪
 北本市となり、左手に和菓子屋。看板に「元治元年創業」!とあるので吸い寄せられちゃった。熊谷市にある梅林堂の支店で北本二ツ家店。本店が中山道から離れているというので、熊谷宿では寄ることはないだろうと思い、ここで「初代久兵衛塩豆大福」を購入。
画像21 11:25 中山道北本宿碑
 本宿交差点に中山道北本宿碑。中山道が整備される前の鴻巣宿はこの地で、鴻巣宿が現在地に移ってから、元の宿ということで「本宿」と呼ばれたそうだ。宿場が移転した後でも間の宿として賑わっていたようなので、ここで休憩しようと思っていたけど、碑があるだけで休めるような場所ではない。残念だけど先へ進む。歩道が広いのでベンチを置いてほしいね〜。
 多聞寺。県指定天然記念物のムクロジにオレンジ色の実がついている。境内は狭いけど、旬のボタンが咲いていてキレイ。奥には神仏習合の名残なのか?天神社が鎮座。社殿には市指定文化財の算額があるそうだけど、そんなことより境内にベンチ&テーブルが! やっと10分休憩できる〜。さっき梅林堂で買った塩豆大福をいただく。塩豆大福って生まれて初めて食べるけど、ホントに塩っぱい(笑)。
画像22 11:35 天然記念物の無患子
画像23 境内がお休み処?の天神社
 多聞寺を出ると信号のない丁字路が古中山道。ドラッグストアのセイムス屋が目印。大宮宿で氷川神社の参道が古中山道だったのにパスしたけど、こちらには一里塚があるというので、左折してちょっと寄り道。次の丁字路を右折すると北本駅。
画像24 11:50 左折して古中山道に寄り道
 あ!予定ではさっきの北本宿碑で休憩して、その時に桶川宿の旅を終えて万歩計とGPSをリセットしようと思っていたのに、代わりの多聞寺で休憩したらすっかり忘れて、まだ桶川宿のまま…ガーン! そんなわけで、11:55北本駅ロータリーで慌ただしく桶川宿の旅は終わり。トホホ。

おまけ
所要時間(休憩除いた正味時間) 3時間25分(3時間05分)
万歩計®の歩数 11,907歩
喜多さんの歩数 10,873歩
寄り道含めたGPSの距離 9.4km

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