とらぞうのおかち日記「1歩2歩散歩」SPECIAL
 2001年夢中の旅 
東海道五十三次


Vol.43
〜四日市宿→石薬師宿〜
10.7km

画像2004年 6月 5日(土)
広重の三重川は今の三滝川らしいけど、市内南部の内部川という説も。 海蔵川も昔は「あくら」と読んで、別に阿倉川って地名もあってもう複雑。 その点「4」のつく日に市があったので四日市ってのは分かりやすい。

画像


画像
12:55 なが餅の笹井屋

画像
13:10 レプリカ道標

画像
13:15 ライオン通り

画像
13:35 イタリアンスパ

画像
14:10 浜田の家並み

画像
14:55 旧追分道標

画像
15:05 日永一里塚跡

画像
15:10 名残の1本松

画像
15:25 日永の追分

画像
15:45 ここから小古曽

画像
17:05 浜田城跡

画像
18:55 伊勢うどん

 12:40三ツ谷一里塚跡を出発して、海蔵橋を渡るとカラー舗装してある橋北発展会。 「橋北」というので三滝橋を基準にしてあるんだね。 平成六年(1994)8月に架け替えられた三滝橋は、橋名が右読みになっていて格式が高い。
 橋を渡ると左手に笹井屋(北町5-13)。 天文十九年(1550)の創業で、約450年の老舗なので是非買い求めなくては。 竹包みのなが餅7本入りで630円。 終戦後に日永から移転してきた。

 名物を買って満足していたら、あれっ?右手に問屋場跡の福生医院。 笹井屋に戻って帯や脇本陣跡(近藤建材店屋)・問屋場跡・黒川本陣跡(黒川農薬店屋)をチェック。 四日市市内は案内板が充実しているのに、何故か宿場の中心地だけは素っ気ない。 場所が分かっているので案内板が欲しいなぁ。
 横断歩道を渡って十字路角にレプリカの道標。 「すぐ江戸道」なんて四日市っ子はせっかちだと思ったら「真っ“直ぐ”」のことらしい。 案内板に、旧道が途切れている、とあるので正直で親切。

 R1に合流。 さすがに市街地は片側2車線だ。 諏訪町北交.で横断すると、旧道はライオン通りという名のアーケード街に変身。 何故ライオン? 車道の両脇に屋根のある商店街はよく見かけるけど、完全屋根付きで歩行者天国のアーケード街は初めて。
 ライオン通り入口右手に建仁二年(1202)信濃国諏訪大社から勧請した諏訪神社。 ろくろっ首のような大入道を見たくて境内に入ったけど見あたらず、代わりに和太鼓の練習風景を眺めて一息。

 13:25繁華街なので何か食べようとウロウロして、すずらん通りを右折して左の路地に入るとスパゲティの店田部(諏訪栄町19-5)茶屋。 名古屋で時々見かけた鉄板焼きスパゲティで、モカソフト(または飲物)付きのイタリアンスパ・セット(720円)で40分休憩。

 14:05スタートすると近鉄とJR関西本線の四日市駅同士を結ぶ中央通り。 ここを今日の終点にする予定だったけど、進む。 信号も横断歩道もない広い通りを走る! よい子は真似しないで!
 少し進むと駅に近いけどもう住宅地。 格子戸の民家が点在する浜田の家並みが旧道らしくてイイ感じ。 でもだんだんと車が増えてくる。 旧道の真ん中を歩きたいけど、隅っこをトボトボ歩く。

 鹿化橋は狭い上に渡るとすぐ右・左にカーブするためか、車同士がすれ違えず渋滞している。 14:40右手に国指定重要文化財の不動明王像が安置されている大聖
 14:45天白橋を渡ると市指定無形文化財「つんつく踊り」が有名な両聖。 山門を撮って旧道に戻ると、信号待ちの車で渋滞している。 スゴいのは対向車も電柱に阻まれて進めず、両方向渋滞している。 う〜む、歩ける隙間もないので一緒に信号待ち。
 日永神社の境内には明暦二年(1656)製の旧追分道標が日永の追分から移設されている。 神社左側に薬師堂

 黒いトタンの倉庫を過ぎた途端に日永一里塚跡。 …。 旧道の道幅が狭いため、石柱が倉庫と民家の隙間に申し訳なさそうに建っていて、県指定史跡なのに案内板がないので目立たない。 向かいが商店で自販機が並んでいるのが目印。

 日永の車の多さはハンパじゃなく、東海道“旧道”部分での交通量は金メダル級? 意外と難所。 カーナビがどんどん普及しているので、片側1車線のR1が渋滞すると、車が便利な抜け道「旧東海道」に集まり、住宅地の生活道路としてはかなりヘヴィー。
 四日市市頼む〜、東海道を一方通行にしよー! 国交省頼む〜、天下のR1を何とかしよー!
 左手に名残の1本。 この環境では松の将来も心配。

 R1に合流。 追分交.でR1とK407の叉のところに県指定史跡の日永の追分。 伊勢街道との分岐点で伊勢神宮二の鳥居と嘉永二年(1849)製の太い追分道標が目印。 追分は間の宿というので賑やかだったんだろうね。 笹井屋も元は日永にあった。
 公園みたいなので入ってみると、水を汲んでいるおばさんが2人。 湧き水が人気だそうで、ペットボトル約50本を車で運んでいるんだって! 「桑名から歩いてきた」と自慢したら(笑)、「人間ってそんなに歩けるんですか!」ってビックリされた。(^_^; 名水を飲みながら世間話をして10分休憩。
 『膝栗毛』の弥次喜多は伊勢参りに行くので、ここでお別れ。

 右のK407を進み、踏切を過ぎると左に旧道。 その左手に追分駅。 旧道入口が広いので「もしや!松並木の跡?」と思ったけど分からない。 右手の追分まんじゅうを横目に小古曽の集落。 古い民家はないけど、日永と違って車が数台しか通らず、ひっそりとしてイイ感じ。 “空気”が旧道らしくおごそかな雰囲気。 …。 宿場ではないのに旧道は右折左折とカーブする。 『さんさくマップ』に左手の病院付近に1本とあるけど見あたらない。

 小古曽三丁目交.でR1にぶつかる。 旧道は横断して進むけど、16:00今日の旅はここで終点。 まだ四日市市内だけど、内部駅から市街に戻ることにする。 さすがに終点駅なので駅員がいるけどローカル具合がイイね。 約30分待って16:35発車。
 国指定重要文化財の十六間四方白星兜鉢が社宝の鵜森神社&文明二年(1470)田原忠秀により築城された市指定史跡の浜田城跡を見学してから今日の旅籠、トウエイホテルにチェックイン。 ビジネスホテルとしては珍しく風呂とトイレが別室になっているので、予定していた玉の湯(中部4-3/15:30-01:00/火曜定休)をパスしてホテル内で一風呂浴びる。

 今日は珍しく足にマメができたので、ドラッグストア屋を探しながら近鉄界隈やアーケード街をさまよう。 キャッチが多くて歩きづらい。 アーケード街に何故かボコッと広い空き地。 古い案内板を見つけたらジャスコ屋の跡だった。 四日市出身の岡田屋ジャスコなのに駅前は撤退して、どんどん郊外に移ってしまうんだね。
 東海道から1本近鉄寄りの通りにあるやまと茶屋(諏訪栄町3-4)で伊勢うどんを食べる。 うどんだけでは物足りないと思って+豚丼セット(900円)にしたら苦ひぃ。 喜多さんは余裕で豚しょうが焼きセット(950円)。 帰りはビールを買ってホテルに戻る。

 今日は見どころが多かったけど、寄り道が少なかったせいか予定より進むことができてヨカッタ。 しかし旧道の車の多さにビックリして集中力が低下していたせいか、普段オートで撮っているのにマニュアルに切り換えたまま忘れて、露出オーバーの写真ばかりになってしまった(人のせいにする)。 サングラスしてるし…ふぅ。

ΔTOP

おまけ
所要時間(休憩除いた正味時間)3時間20分(約2時間30分)
今日1日の所要時間(休憩除いた正味時間)7時間55分(約6時間20分)
万歩計の歩数(今日1日の歩数)12,587歩(+20,576歩=33,163歩)
喜多さんの歩数(今日1日の歩数)11,218歩(+18,883歩=30,101歩)

<<前のページに戻るΔTOP

Vol.42 桑名宿 2001年夢中の旅 MENU Vol.44 石薬師宿

Copyright (C) 2004 TORAZOU, All Rights Reserved.